あるがままの自分になるために

対人恐怖症、神経症症状を抱えている私ですが、治癒を目指して自己探求中です。

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   自分を知ること、自己洞察をすることには人を変える力があり、人からの
   アドバイスよりも自己洞察のほうがずっと役立つのである。
   率直に、思いやりをもって、曇りのない目で自分の中をのぞき込むことが
   できれば、自分を健康にするためにとるべき道が見えてくるはずだ。
   今まで闇にひそんでいた自分の中の何かを見ることができるはずだ。

   真実を追究したいという意志に促された自己洞察には、変容をもたらす
   力がある。

                                身体が「ノー」と言うとき
                                    ガボール・マテ著


自分の心の奥深くを探るというのは、ちょっと怖いことかもしれない。

私はどうしてこういう考え方をするんだろう。この考えはどういったところから

生まれてきたんだろうとどんどん掘り下げていく。

この作業、自己洞察をすることが病から抜け出すには必要なことらしい。

この時、自分を責めないこと、裁かないこと、冷静に思いやりをもって自分自身に

接することが大切だ。

嫌な経験を思い出すのは辛いことかもしれないが、冷静に客観的にみていくと

そこでどんな思い込みをつくってしまったのか気づくかもしれない。

誤った思い込み、誤った自己イメージに気づいて、それを変えていけば

誰もが持っている自然治癒力が働いていってくれるのだと思う。







今ある自分の体。 この体は「仮の宿」だという。

この世では人間として肉体を持って生まれてきてはいるけれど、私たちは本来は

霊的な存在。 肉体を持たない霊的なエネルギーなのだ。

この体は単なる「仮の宿」なのに、今世だけの体なのに、この体の不調和によって

にっちもさっちもいかず、がんじがらめになって身動きが取れなくなってしまっている。

しかも、この不調和は自らが創り出したものなのだ。

偏った考え方、こだわりが象徴として、病として現れているに過ぎない。

改善すべきことが病として現れているにすぎない。

それに気づいていても、解っていてもいまだにどうすることも出来ないでいる。

長年にわたって私の体に染み付いてしまった傾向性。

なかなか取り外すことは出来ないのだろうか。

まだまだ時間がかかってしまうのだろうか。

力を抜いて気楽になればいいだけなのに・・・。








自分の存在があやふやで、他人の言動を全て自分の中に取り込んでしまう、

他人にすぐ自分を合わせてしまうということは、自分と他人の区別がつかない、

自己と非自己の区別を認識できないということだ。

「身体が「ノー」と言うとき」 ガボール・マテ著には自己免疫疾患の病をいくつか

取り上げている。

自己免疫疾患とは体の外からくる異物を排除する防衛機能が何らかの理由で

壊れてしまって、自分自身の体を攻撃してしまう病気だ。

実は、私自身、自己免疫疾患を患っていた。

甲状腺機能低下症(自己免疫疾患の1つ)で、私は軽症だった。

今は緩解状態。ほぼ治っている。

不思議なことに、自己臭(口臭)恐怖症の人にこの甲状腺疾患にかかっている

人が割合いるらしい。

やはり、同じ疾患にかかるということは、同じような性格の人が多いということだ

と思う。

   自己と非自己の境界があいまいになれば、心的自己が内側に向かった非難と
   怒りに攻撃されるのと全く同じように、免疫細胞は自分のからだをまるで異物
   であるかのように攻撃してしまう。

   自己と非自己を混同している無意識の心理状態をそのまま反映して、
   免疫系も混乱しているからである。


自分と他人の境界線が引けず、他人に依存したり、同一化しようとするならば、

体の中も同じように作用するということなのだろう。

心が混乱すれば、体も混乱する。

心が落ち着いて穏やかになれば、病も消えていってくれるのだろう。







私は病と心の関係、心と体の関係にとても興味がある。

自分自身がどうしようも出来ない症状に悩まされていて、その原因が知りたいと

いう思いから始まったものだけど、今はその他のあらゆる病の根本的原因を

知りたいという欲求がある。

今、読んでいる本 「身体が「ノー」というとき〜抑圧された感情の代価」

ガボール・マテ著 はとても興味深い。

著者は開業医を20年以上続け、緩和ケア専門医でサイコセラピストでもある。

病院で関わる患者さんへ今までどのような生活を送ってきたのか、どのような

精神状態でいたのかをインタビューしている。

やはり、同じ病を持っている人は似たような性格、似たような行動をとってしまうらしい。

この本に紹介されている人達は深刻な病を抱えている人たちで、慢性関節リウマチ、

多発性硬化症等の自己免疫疾患、アルツハイマーやガン等だ。

重症だけあって、かなり感情を抑圧しているようだ。

その人たちの生い立ち、物事の考え方を読んでいて、とても痛々しく感じた。

脳、精神、感情、神経組織、免疫細胞、内分泌系とは密接に繋がっている

ということを生理学的に説明されている。

こころと体を切り離して考えているお医者さんにぜひ読んでもらいたい本だ。






対人恐怖の人っていつも相手の顔色をうかがっているところがある。

私は受け容れてもらえたのか、そうではないのか。 嫌われていないか・・・。

相手に認められてこそ自分の存在を自分で認められるというようなところがある。

相手と同一化したい、一体になりたいという思いが無意識に働いてしまうのだろうか。

それが良い方向へ行けば、相手の気持ちを理解することができるし、協調する

ことができる。

でも、悪い方向へ行ってしまえば、自分自身がなくなる。個性がなくなってしまって

自分の意見、考えを持つことができなくなってしまう。

そして、たえず不安感がつきまとう。

もし、相手に受け容れてもらえず、嫌われでもしたら、大パニックだ。

自分の存在が脅かされているのだから。

大げさに言えば「生か死か」。まさしく闘争or逃走状態。

病気になってしまうのも無理はない。

そういった状態を変えていくには、やはり自分をしっかり持つこと。

もっと自分の中では自分主体でいくこと。

自分の人生の中心は自分なんだということ、なんだろう。

自分の主軸をしっかりと築き上げることが必要なのではないだろうか。







やっぱり、私って人が怖いんだなぁと思う。

人が嫌いというわけではないけど、人が怖い。

本当は人が好きで、人の為に何かをしたいと思ってはいても、怖くてなかなか

行動に移せない。

それはなんといっても悩みがあって、人に迷惑をかけてしまっているという

罪悪感があるし、時々、人のある言動に悪意を感じてしまって、責められている

という感覚があるからだ。(これは、私の勝手な妄想かもしれないけど。)

どうしたら人が怖くなくなって、ありのままの自分を出していけるようになれる

んだろうと今まで考えてみてはいるけど、やっぱり自分自身をしっかり持って、

自分を律することができるようになれば怖くなくなるんじゃないだろうか、

自分の真の価値を認められるようになれば怖くなくなるんじゃないだろうかと思う。

それと、この間ふっと思ったけど、他人には他人の人生があって、その人なりの

事情もあって、いろいろな荷物を背負っていたりする。 

他人は他人、自分は自分と思って、他人と自分をすぐに結びつけずにきちんと

境界線を引くようにすれば、もっと楽になれるんではないだろうか。








心の病からくる様々な神経症の症状、不定愁訴に限らず、全てとまでは

いかないが、様々な病気の原因は思考と感情にあると思う。


   「病をよせつけない心と身体をつくる」
                 クリステル・ナニ著より

   キャンダス・パート博士は、わたしたちが感じているものを細胞に伝達する
   化学物質が体内にあることを突きとめた。
   パートの言うそれらの「感情の分子」は、神経ペプチドと呼ばれるアミノ酸の
   鎖である。 それらが(満足感、悲しみ、当惑といった)メッセージを骨、
   筋肉、内臓器官をふくむ全身の細胞に伝えるのだ。
   実際、神経ペプチドは文字どおりの意味で、わたしたちの心を、つまり
   思考、感情、信念を体内の全細胞に注入するのだ。
   それらは「心と身体をつなぐ」パイプなのである。


例えば、体のどこかを移植した人で、移植手術をした後、性格や嗜好がガラッと

変わってしまったということもあるらしいし。

体の全ての細胞にその人の傾向性が染み付いているのだろう。

そして、その人の過剰で偏った思考や感情が、体の特定の部分に影響を

及ぼして、病となって現れてくるのだと思う。






   私たちは毎日、ほかの人を助け、許し、同情し、我慢するといった場面に
   直面しているが、この絶好の機会をうまく捉えているのだろうか、それとも
   逃しているのだろうか。
   一見重要には思えない、こうした日々の行動が魂の状態に直接、影響を
   与えているのだ。 というのは、魂は愛という形でほかの人に自分を与える
   ことで成長しているからだ。
   ほかの人を助けるたびに魂は成長し、豊かになっていくのだ。

                                魂をみがく30のレッスン
                                魂のための愛のヴィタミン
                                     ジョン・グレイ


魂を成長させるには、日々の想いと行動にかかっている。

毎日毎日が試しの時なのだろう。

他の人に思いやりを持って接する。 他の人によかれと思って行動する。

そういったことをしていくうちに、自分の魂は成長し、霊性が上がっていくのだろう。

人に与えていくことで、自分が豊かになっていく。

全てが巡り巡っているのだ。

今は大きなことは出来ないが、小さなことから少しずつやっていけたらと思う。






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